私たちの行動は本当に自由意志によって決定されているのでしょうか?
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これが自由意志ではないとしたら?
すべては脳の無意識の活動によってコントロールされているのか?
20世紀を代表する神経科学者、ベンジャミン・リベットは、この問いに挑戦し、衝撃的な実験を行いました。
彼の研究は、自由意志に対する私たちの理解を根底から覆し、現代の脳科学や哲学に多大な影響を与えています。
この記事では、リベットの生涯や思想、そして自由意志に関する彼の実験と、その後の議論について詳しく解説します。
ベンジャミン・リベットとは誰か?
**ベンジャミン・リベット(Benjamin Libet, 1916-2007)**は、アメリカの神経科学者であり、脳と意識に関する実験的研究で知られています。
彼の研究は、脳が意識的な行動を開始する前にすでに活動を開始していることを示し、自由意志の存在に疑問を投げかけました。
彼はサンフランシスコのカリフォルニア大学で長年にわたり研究を行い、脳と意識の関係、特に意思決定における無意識の役割についての洞察を提供しました。
リベットの実験は、科学と哲学の両面から評価され、現代に至るまで広範な議論を引き起こしています。
リベットの思想:自由意志に対する挑戦
リベットは、自分の意思で行動を決めていると信じる私たちの感覚が、実際には脳の無意識的な活動に支配されている可能性があると考えました。彼の思想の核心は、**「自由意志は後付けの感覚かもしれない」**という考えです。
これまでの哲学や宗教では、人間は自由意志を持ち、自らの意思で行動を決定する存在であるとされてきました。
しかし、リベットの実験結果は、脳が行動を開始する前に既に決定が下されている可能性を示唆しています。
彼の思想は、このようにして自由意志の存在そのものに挑戦するものでした。
リベットの実験:準備電位と自由意志の関係
ベンジャミン・リベットの実験は、1980年代に行われた脳波測定を使用した一連の実験の中で最も有名です。
この実験では、被験者に自分の意思でボタンを押すよう指示し、その間、脳の活動をモニターしました。
特に、脳波の一部である**「準備電位(Readiness Potential)」**に注目しました。
実験の流れ
- 被験者は自由なタイミングでボタンを押すことができます。
- ボタンを押す瞬間の意識的な決定のタイミングを被験者に報告させます。
- 同時に脳波を記録し、脳がいつから活動を開始しているかを確認します。
結果
リベットは、被験者が意識的にボタンを押す前に、脳の活動がすでに始まっていることを発見しました。
具体的には、意識的な決定の約500ミリ秒前に、脳が準備電位を示していることが分かりました。
つまり、被験者が「自分の意思でボタンを押す」と感じる前に、すでに脳はその行動を準備していることが示されたのです。
自由意志への問いと倫理的議論
リベットの実験結果は、哲学者や科学者の間で大きな波紋を呼び起こしました。
自由意志は本当に存在するのか? この問いは、人間の行動や責任に関する議論に直結します。
リベット自身は、彼の実験が自由意志の否定を意味するとは考えていませんでした。
彼は、脳が無意識に行動を準備している一方で、**意識的にその行動を止める「自由不意志(free won’t)」**の能力を持っている可能性があると考えました。
彼の実験では、被験者が意識的に行動を抑制できる瞬間が約150ミリ秒あるとされています。
これにより、脳が行動を無意識に準備していたとしても、その行動を抑制することは可能だという仮説を立てました。
スーザン・ブラックモアの見解
スーザン・ブラックモアは、自由意志の概念に対してより懐疑的な立場を取っています。
彼女は、「自由意志が存在しない」という前提のもとで社会や刑罰のシステムを再構築する方が、公正で合理的になる可能性があると主張しています。
たとえば、刑罰は「その人が悪い行為を自由意志で選択した」ことに基づくのではなく、「行動を改善し、再発を防止するため」に適用されるべきだと述べています。
哲学的・倫理的議論
リベットの実験は、哲学者たちからも批判されており、特にダニエル・デネットは、リベットの実験の手法が主観的な報告に頼りすぎていると指摘しています。
彼は、脳波データが客観的である一方、被験者が「動こう」と意識する瞬間が主観的で曖昧であるため、実験結果の解釈には注意が必要だと述べています。
また、他の哲学者も、意思決定が無意識で行われたとしても、そのプロセスが人間の意思や責任に無関係とは言えないとしています。
このように、リベットの実験は、自由意志に関する哲学的議論を深める上で重要な基礎を提供しましたが、それに対する解釈はさまざまであり、完全に決着がついたわけではありません。
哲学的視点
哲学者の中には、「自由意志が存在しないならば、我々は行動に対して責任を負うことができるのか?」という疑問を投げかける者もいます。
もしすべての行動が脳の無意識的な活動に支配されているのであれば、犯罪や倫理的な判断もまた、純粋に脳の結果であり、人間の責任ではないのかもしれません。
ここには浄土真宗の開祖である親鸞の思想が存在しています。
親鸞は不完全な存在である人間が自力で救済を得るのは無理であるとし、他力本願を唱えました。
つまり、阿弥陀仏に救済してもらうという思想です。
これはリベットの実験をみると、一つの筋が見えてくるかと思いますが、人間が自由意志で何かのアクションを起こさない、つまり阿弥陀仏によって、アクションが起こると解釈することができます。
阿弥陀仏とはなにか?というお話になってきますが、すれはつまり素粒子であると言えるわけです。
では素粒子の運動は誰の何によってコントロールされているのか?
最新の研究と仮説
リベットの実験後、さらに進んだ研究では、意思決定が最大7秒前に脳の活動として現れることが発見されました。
この結果は、行動が意識的に決定されるずっと前に、無意識的なプロセスが始まっていることを示しています。
これに基づき、「自由意志」自体が無意識の影響を強く受けている可能性が高いという仮説が出されています。
2008年の研究
最新の研究は、2008年にJohn-Dylan Haynesらによって行われ、脳の活動が最大7秒前に意思決定を予測できることが示されました。
この研究では、被験者が意思決定を行う前に、前頭葉や頭頂葉で無意識的な脳活動が始まっていることが確認されました。この結果は、自由意志の問題に新たな視点を提供し、無意識の影響が非常に強いことを示唆しています。
リベットの遺産と現代への影響
ベンジャミン・リベットの研究は、脳科学と哲学の両分野において今なお大きな影響を与えています。
彼の実験を元にした議論は、神経科学の発展と共に、意識と脳の関係に関するさらなる洞察を提供しています。
また、自由意志と責任、倫理に関する議論は法学や心理学、宗教など広範な分野にも波及しています。
結論:自由意志の未来
リベットの実験が提示した問いは、現代の科学や哲学においても依然として重要です。
脳の無意識の活動が私たちの意思決定をどの程度支配しているのか、そしてそれが「自由意志」を否定するものかどうかは、今後の研究に委ねられています。
脳科学がさらに進化し、自由意志についての新たな洞察が得られる日が来るかもしれません。